うず巻形ガスケットの心臓部「フープ」と「フィラー」の役割|材質選定のすべてを徹底解説
「なぜ、うず巻形ガスケットは高温・高圧に耐えられるのか?」「グラファイトとPTFE、フィラーの違いは何を意味するのか?」「フープの材質は、何を見て選べば良いのか?」…。
発電所や石油化学プラントなど、最も過酷な条件下で圧倒的な信頼性を誇る「うず巻形ガスケット」。その優れたシール性能の秘密は、V字型の金属薄帯「フープ」と、クッション材となる「フィラー」を交互に巻き上げた、緻密なうず巻き構造にあります。
この二つの部材は、いわばガスケットの骨格と筋肉であり、それぞれの役割と材質を正しく理解し、組み合わせることこそが、うず巻形ガスケットを使いこなすための鍵となります。
この記事では、ニチアス株式会社の公式製品資料に基づき、うず巻形ガスケットの性能を決定づける「フープ」と「フィラー」という二つの心臓部に焦点を当て、それぞれの役割、材質の種類、そして最適な選定方法まで、徹底的に解説します。
第1部:ガスケットの骨格 — 弾性と強度を司る「金属フープ」
フープは、V字型に成形された金属の薄帯であり、うず巻形ガスケットの基本骨格を形成します。このフープが持つ役割は、主に2つです。
フープの役割
- 弾性(バネ性)の創出: V字型の断面形状が、ボルトで締め付けられた際にバネのように働き、優れた弾性を生み出します。この弾性により、ガスケットはフランジ面に強く押し付けられ、高いシール性能を発揮します。また、運転中の温度や圧力の変動によってフランジが微小に動いても、このバネ性が追従し、シール性を維持し続けます。
- 構造の保持と耐圧性の確保: 金属であるフープは、ガスケット全体の強度と耐圧性を担います。特に高温・高圧下では、フィラー材が柔らかくなったり、内圧によって外側へ押し出されようとしたりしますが、フープがそれを堰き止め、ガスケットの構造を維持します。
【材質選定編】フープの材質は何で決まるのか?
フープの材質選定は、ガスケットの性能と寿命を左右する極めて重要な要素です。選定の基準は主に「使用温度」と「耐食性」です。
① 使用温度による選定
金属は、温度が高くなるにつれて強度が低下します(クリープ現象)。そのため、使用温度に応じて、十分な高温強度を持つ材質を選ぶ必要があります。ニチアスの資料では、代表的なフープ材質の推奨使用温度が示されています。
フープの材質 |
推奨使用温度 |
特徴 |
304鋼、304L鋼 |
500℃以下 |
最も標準的で汎用性の高いステンレス鋼。 |
316鋼、316L鋼 |
600℃以下 |
304鋼にモリブデンを添加し、耐食性と高温強度を向上させた材質。 |
347鋼、321鋼 |
750℃以下 |
安定化元素を添加し、さらに高温での強度と耐食性を高めたステンレス鋼。 |
Alloy 600 |
1000℃以下 |
ニッケル基合金。極めて高い耐熱性と耐食性を誇る。 |
チタン |
500℃以下 |
軽量で、海水など特定の環境で非常に優れた耐食性を発揮する。 |
② 流体とフランジ材質による選定(耐食性・電食防止)
フープは直接流体に触れる可能性があります。そのため、流体に対して十分な耐食性を持つ材質でなければなりません。また、フランジの材質とフープの材質が大きく異なると、電位差による電食(ガルバニック腐食)が発生し、フープまたはフランジが腐食する原因となります。原則として、フランジと同等か、それ以上に耐食性の高い材質を選定することが重要です。

第2部:ガスケットの筋肉 — シール性能を決定づける「フィラー」
フィラーは、金属フープの間に挟み込まれる非金属のクッション材です。フープが骨格なら、フィラーはフランジ面の微細な凹凸を埋め、漏れを完全に塞ぐ「筋肉」の役割を果たします。フィラーの材質こそが、そのうず巻形ガスケットの基本特性(使用温度、耐薬品性など)を決定づけます。
ニチアスのボルテックスガスケットでは、主に3種類のフィラーが用意されています。
1. 膨張黒鉛(グラシール®)フィラー — 高性能の代名詞
対象製品: TOMBO™ No. 1834R-GRシリーズなど
役割と性能:
うず巻形ガスケットの中で最も広く使用されているのが、この膨張黒鉛をフィラーとしたタイプです。その理由は、膨張黒鉛が持つ圧倒的な総合性能にあります。
- 超広範囲な使用温度: -270℃の極低温から450℃(非酸化性雰囲気では800℃)の高温まで、極めて広い温度範囲をカバーします。
- 優れた耐薬品性: 強酸化性流体を除き、多くの化学薬品に対して安定しています。
- 低い応力緩和: 高温下でもへたりにくく、長期にわたり安定したシール性能を維持します。
最適な用途: 発電所の高温高圧蒸気、石油化学プラントのプロセスライン、LNGなどの極低温ラインまで、プラントの基幹となる最も重要な箇所でその信頼性を発揮します。
2. NAペーパー(無機ペーパー)フィラー — 経済性に優れたユーティリティーラインの標準
対象製品: TOMBO™ No. 1834R-NAシリーズ
役割と性能:
膨張黒鉛の代わりに、より経済的な無機ペーパーをフィラーとして使用したタイプです。
- 優れたコストパフォーマンス: うず巻形ガスケットの信頼性を、より低いコストで実現します。
- ユーティリティーラインに最適な性能: 使用温度は最高350℃であり、一般的な蒸気、冷却水、圧縮空気といったユーティリティーラインの条件を十分に満たします。
最適な用途: プラント内に数多く存在する、コストと信頼性のバランスが求められる一般配管・機器に最適です。
3. PTFE(ふっ素樹脂)フィラー — 究極の耐薬品性を誇る化学の砦
対象製品: TOMBO™ No. 9090シリーズ
役割と性能:
フィラーに、化学的に極めて不活性なPTFEを用いた、耐薬品性に特化したタイプです。
- 究極の耐食性: グラシールでさえも侵されてしまう強酸化性酸(濃硫酸、硝酸など)やハロゲン化合物といった、最も腐食性の強い流体に対して使用できます。
- 高い安全性とクリーン性: 特殊なOX処理を施すことで、純酸素ガスラインにも使用可能です。また、流体を汚染しないため、ファインケミカルなどの高純度ラインにも適しています。
最適な用途: 化学プラントの反応槽やプロセスライン、酸素配管など、他のどのフィラーも使用できない、最も厳しい化学的条件下でその真価を発揮します。
第3部:【応用編】さらに過酷な環境へ — 特殊フィラーと特殊仕様
標準的な3種類のフィラーでは対応できない、450℃を超える高温域など、さらに過酷な環境のために特殊なフィラーも開発されています。
- 酸化防止剤入り膨張黒鉛フィラー(GS/GM/GHシリーズ): 膨張黒鉛に酸化防止剤を配合することで、450℃を超えると始まる酸化消失を抑制。最高800℃までの高温条件で使用可能にしたフィラーです。エチレンプラントのデコーキング工程など、特殊な高温プロセスで使用されます。
- オリジナルフィラー(NMシリーズ): 耐酸化性に優れたニチアス独自のフィラーを使用し、**最高1000℃**という超高温域での使用を可能にした究極の耐熱ガスケットです。
最終章:答えはここにある。「複雑な選定・加工はダイコーへ」
うず巻形ガスケットの選定は、「フープ」と「フィラー」という二つの要素の最適な組み合わせを見つけ出す、専門的な作業です。
「流体は腐食性だが、温度も400℃と高い。PTFEフィラーでは熱が持たないし、GRフィラーでは腐食が心配だ」
「フランジがチタン製なので、電食を防ぐためにフープもチタンにしたいが、フィラーは何を選べば良いか?」
「熱交換器用に、パスの仕切りリブが付いた特殊な形状のうず巻形ガスケットが必要だ」
このような、カタログのスペック表だけでは決して答えの出ない、複雑な課題。それに対して、50年以上の経験に裏打ちされた専門知識(ノウハウ)と、それを形にする加工技術(ソリューション)の両輪で応えることこそ、工業用製品の加工メーカーである株式会社ダイコーの真価です。
専門家による最適なソリューション提案
ダイコーでは、お客様の使用条件(流体、温度、圧力、フランジの規格・材質など)を専門の技術スタッフが詳細にヒアリング。本稿で解説した各種フープ材とフィラー材の膨大な組み合わせの中から、お客様の課題を解決する唯一無二の最適な仕様を的確にご提案します。
自社製造によるオーダーメイド対応力
ダイコーは、うず巻形ガスケットの製造設備を自社で保有しており、お客様のあらゆるご要望に迅速かつ柔軟に対応できます。JISやJPI、ASMEといった各種規格品はもちろんのこと、規格にない特殊な寸法のガスケットや、熱交換器用の枝付、楕円形や角形といった異形品まで、図面一枚からオーダーメイドで製作。緊急のトラブル時にも、その機動力を最大限に発揮します。
材質の選定に迷ったとき、特殊な加工が必要なとき、あるいはどこに頼めば良いか分からない課題に直面したとき。その答えは、常にここにあります。複雑な選定・加工はダイコーへ — どうぞ、お気軽にご相談ください。